FFCC 小さな王様と約束の国と缶詰の先生



3周目に入って小さな王様がまず行ったのは、雇用する冒険者たちの選定であった。
冒険者の人数上限は16人であり、かつ一度雇えばその周で解雇する事は不可能である。
これから周回前提の強化モードに入る以上、周を跨いで連れて行くメンバーは慎重に選ぶ必要があった。


無限の塔は何としてでも落とさねばならない。
別段、かの塔が約束の国に何かしらの被害をもたらしたわけではない。
ゲームをクリアするなら魔王を倒せばいいのであり、塔を登る必要など全く無い。


だが、前の周でオメガによってフルボッコにされた冒険者たちの目には暗い復讐の炎が燃えていた。
一方小さな王様はネットで交わされる


「俺300階まで行ったww」 「遅えww俺もう700越えwww」


といった会話を聞いて憤怒の表情でハンカチを噛み千切った。
王と冒険者たちの心が、ひとつになった瞬間だった。


これは純然たる意地と私怨の問題なのだ。
より高く、より強い敵が待つ、より上の階へ。
魔王の存在など全員マッハで忘却していた。どうせいつでも倒せるし。


かくして、王国中から優秀な人材を掻き集める作業が始まった。
かつて約束の国に存在した、小さな王様の記憶にある限りの強者達が建築術によって召喚され、
ついでにチャイムさんが得意のテレポで時空の壁を越えて人材スカウトに励んだ結果、
約束の国に最強の16人の冒険者たちが揃った。


イヴァリース士官学校にいました! 算術ホーリーおいしいです^^」
「RoFのマルチプレイのセルキーです! ソロ弓で大司教フルボッコ余裕でした!」
「2000年ほど皇帝やってました! 特技はリヴァイヴァとクリムゾンフレアです!」
「村医者の仕事に飽きたから来ました! 刀とロボが使えます! 缶詰おいしいですよ^^*1


どの世界のラスボスでも10回20回は殺せそうなドリームチームであった。
流石にちょっとやり過ぎだろとヒュー・ユルグとパブロフは顔面蒼白で震えていた。
そんな彼らを尻目に、小さな王様は冒険者たちを城の大広間に集めた。


小さな王様は彼らに語った。
無限の塔の存在を。その内に潜む邪悪を。
あえて登ろうとしなければ無害な存在である事まで包み隠さず語った。
そしてその上で、自分の意地のために死んでくれと頭を下げた。


それを聞いた冒険者たちは、しっかと笑って、承知した、と言った。
彼らは知っていたのだ。ラスボスそっちのけで隠しダンジョンの踏破に挑む心理を。
仲間全員のレベルを最大まで上げる過程のルーチンワークの快感を。
全てのアイテム、全てのスキルを揃え、全ての宝箱を開けたいという欲求を。
酔狂と言いたいのなら言うがいい。世界を救うなど、それこそ酔狂の極みではないか。


彼らは一斉に無限の塔へと向かった。
一人ひとりが神話や伝説、国の歴史にその名を刻む大英雄であった。
それはまさしく、強大な悪に力合わせて挑まんとする勇者の軍勢であった。
朝の陽光が彼らを祝福するかのように降り注ぎ、その姿をいっそう煌びやかに見せていた。


頭を覆う兜の奥で、ヒュー・ユルグの瞳は溢れんばかりの感動に打ち震えていた。
御伽話や絵本の中の住人たち。幼い頃幾度となく夢に見た英雄譚。
やがて彼が少年となり、成人した後も、彼らは彼の心の奥底にずっと息付いていた。
あの人たちのようになりたい。それがヒュー・ユルグの夢であり、その想いが今の彼を形作った。


小さな王様を単身護衛しながらの過酷な旅路。
その結果として二度と戦えなくなる程の傷を負った彼を人々は尊敬しまた密かに憐れんでもいたが
ヒュー・ユルグは微塵も後悔などしていなかった。彼らもきっと同じ事をしただろうからだ。


そしてその結果として、今日のこの光景がある。
己のしてきた事全てが報われたかのような思いであった。
彼らと共に戦えない事はわずかな心残りであったが、彼の心は既に十分に満たされていた。
この光景を、そして彼らがこれから無限の塔で成し遂げるだろう偉業を後世に語り継ごう。
それこそが自分に課せられた使命だったのだと、この日ヒュー・ユルグは理解した。




五分後、英雄だったけど平和ボケしてレベル1に戻っていた勇者の軍勢が涙目で帰ってきた。


ついでに塔の入口で係の人に「レギュレーション違反です。それとこのゲームのジョブは4種類です」って言われて
算術士とかラストエンペラーとかだった面々は装備没収とクラスチェンジで普通の外見になっていた。


ヒュー・ユルグはまたこのパターンかと深くため息をつくと彼らを訓練場に放り込み、鍛えまくって経験値を稼がせた。
自分がその使命を果たす日は、まだまだ先のようだと思った。


その周では無限の塔の72階くらいまでを制覇した。
無限の塔は1階1階登っていくのではなく、早い日数でクリアすれば途中の階をスキップできる。
ゆえに50階にいたオメガは綿密なスケジュール調整で華麗にスルーされた。


スルーする途中で51階に並んだ冒険者たちが階下に向かって溜まりに溜まったオプーナを買う権利を投げつけたり
イグナイト・ファングの構えをして挑発したりする一幕があったが、それはまた別の話である。


行き詰まったのはその階にモルボルグレートがいたせいだった。
こいつの特殊能力「とても臭い息」は高確率でパーティ全員の全パラメーターを激減させる。
そのため取り巻きのどうでもいい雑魚に先手を取られ、防げるはずの攻撃で大ダメージを食らって為す術もなく壊滅する破目になるのである。


無限の塔のボスは1日ごとにHPが10%回復するため、とにかく数を頼みに何度も挑んで消耗させるという
魔王にすら通じた新しい血族戦法が通用しない。
実力で負けていればそれまでなのでここは次の周に望みをかけようという事になり、平均レベル90台の冒険者たちが攻略レベル62のラスダンに突入した。
ベリーハードだったのでちょっぴり強化されていた魔王は部屋に飛び込んできた冒険者たちを見るなり叫んだ。


「エレGYもう文庫化かよ! あれ以外に読めるもの無かったのにふざけんな!?」


青く分厚い定価1800円の雑誌を振りかざす魔王の剣幕は凄まじく、あまりのマジ切れっぷりについ攻めあぐねてHPを3割近くも残してしまうほどであった。


「あと5ターンあれば殺れたものをッ!」
「おいしい缶詰置いて行きますね^^ 私は遠慮しておきますけど^^*2


悔しそうな顔をして帰って行く冒険者たちを玄関先まで見送った魔王は捕らえた前王と一緒に
積み上げられたハンバーガーを食べたり焼肉を食いに行ったりする作業に戻った。


直後に飛び込んできた第2パーティーのシーフがアサシンシュートって言ったら魔王は食ってたハンバーガーを喉に詰まらせてHPが0になった。
父王と小さな王様の再会シーンは3度目だったのでBボタンでスキップされ、タイトル画面で「はじめから」とクリアデータが選択されて4周目が始まった。
小さな王様と約束の国と無限塔士Sa・Ga
小さな王様と約束の国と可哀想な魔王

*1:元ネタはゼノギアスのシタン=ウヅキ、通称シタン先生。ゲーム業界三大先生のひとり。素手状態でも十分強いのに後半で刀が装備できるようになって攻撃力が臨界突破する人。シリアスな設定を大量に持ってるけど、あの世界観で「巨大な銃に変形してパイロットを弾丸として撃ち出すロボ」とか「敵幹部用の四神合体ロボ」みたいなのを作っているあたり、案外素の性格はこんな感じだったのかもしれない。

*2:先生も食べて下さい。