マルタ・サギーは探偵ですか?7 マイラブ:野梨原花南 富士見ミステリー文庫





マルタ・サギーは幸せにならなければならない。それこそがこの最終巻の主題。
彼は血と泥にまみれて泣きながら走り回って、そして知恵と機転と仲間の助力でオスタスを救ったけれど、それは別に大した事じゃない。
なぜならマルタ・サギーはそれを心の底から望んでいたし、それを実行する事を全くためらっていなかった。だからできたのは当たり前。


マルタ・サギーにとって最大の障害は自分が幸福になると決意する事。幸せになってもいいんだと思い行動する事。
幸福の内容は身分違いの恋の成就。確かにあれこれ現実的な問題はあるだろうけど相思相愛だし問題なんて後からどうにでも解決できるだけの
度量を持った二人なのに、マルタ・サギーはためらっていた。好きだと告白するのを最後の最後まで躊躇していた。
悪役をぶっ倒してオスタスを救うよりも、彼にとってはそっちの方が難しかった。幸せになれなくてもいいんだと思い込んでいた。
6巻でリッツがあれだけ幸せになれって言ったのにマルタ・サギーの心には届かなかった。理屈ではわかっているのに行動に出ようとしなかった。
この巻の9章で相手に告白されておきながら、それでもマルタ・サギーは幸せになる決心がつかなかった。


だからこの最終巻の本番は最終章の23ページであり、その意味であのあらすじは全くもって正しかった。
警察署の監獄でマルタ・サギーが己の幸福を決意したあの瞬間は、そこにいた全員が彼の幸福を願っていた。
決してマルタ・サギーの事をそれほど好きでは無かったはずの人間までもが彼の背中を後押しした。だってそれは当り前の事だから。
濡れて転がる少年は助けられるべきであり、人は誰でも幸せになっていい。愛されなかったマルタ・サギーはオスタスに来て初めてそれを知った。
けど愛されなかった少年は臆病で、オスタスでの生活が幸せだったから、それだけでいいと思い込もうとした。それだけでは駄目だとわかっていながら。
そして大人になった少年は幸せになることを決意した。9章のタイトルが示すとおり、告白を決意した瞬間にマルタ・サギーは大人になった。
未成熟な少年の成長物語は終わり、この先は誰もがさらなる幸せを掴もうと努力する日々が待っている。
マルタもバーチも、リッツとジョゼフ犬も*1、クレイもデアスミスもアウレカもシェリーもトーリアスもヘンリーもブルネルもランもジャックもケイトもフィオナも
ケインも女王様も伯爵もトリノアもリーサーもエシ氏もノードラもオレイヤーズもマクセルもメリッサもリュウカも信も渚も早紀ちゃんも森川さんも、
きっとみんなそれぞれのやり方で幸せになるに違いない。きっと絶対にそうなると、信じさせてくれるような物語だった。

*1:背表紙のイラストでリッツがブーケを持っていたのは今後の展開を暗示するという意味で興味深いというかあれ持つのはジョゼフ犬の方じゃないのかよ!