マルタ・サギーは探偵ですか? 5 探偵の堕天:野梨原花南 富士見ミステリー文庫



鷺井丸太の成長話。5巻の内容はその一言に尽きるのだけど、
その成長を成し遂げるまでの過程を彼ほど真っ当に歩んだ主人公を他に知らない。


どういう苦行があったのかは冒頭の一行、十四文字(句読点含む)で明らかになって
その一行が「これライトノベルじゃねーよ!」と言いたくなるくらいに重い。
困難にぶつかった主人公が己の無力を実感し、成長を遂げて乗り越える。筋としてはありきたりだけど、
その方法が修行でもなく覚醒でもなく、要した期間も一週間でも一ヶ月でもなく。血と泥にまみれて、
泣きながら走り回って、終いには疲れきって涙すら出なくなって。そしてその果てに、ラノベ史上屈指の
ダメ主人公だった鷺井丸太がこう、例えるならばベギラマ使えない1巻冒頭のポップからラスト手前のベホマ使える
賢者じゃなくて大魔道士のポップくらいにまで強くなったわけで。心も、体も。かつての欠点はほぼ全て克服し、
『名探偵』のカードに頼らなくてもオスタスで独り立ちできるほどの実力を身に付け、性格の方も成長したと言えば成長したけど
それでいて根本的なところ、バーチがマルタに関心を持つ理由であるところの、若さゆえの純真な正義感、心の中の黄金は元のままなわけで。


マルタはとにかく頑張った。ライトノベルの主人公の中で一番好きかもしれない。
もちろん今までも好きだったのだけど、これはもう殿堂入りというか、史上最強というか、元々ダメダメだったアイツがよくもここまでというか。


6巻の内容はおぼろげに想像つくけど物凄く可及的速やかに読みたい。というかマルタをもっと読みたい。
マルタはこれからどう振舞って、周りの人間がそれにどういう反応を示すのか。


イラストも正直冴えてるなんてレベルじゃなくて。
表紙をめくった一枚目の口絵と登場人物紹介ページは、作品自体への深い理解と愛と技量がなければ成立し得ない
本文の内容と完全にシンクロした理想の挿絵。イラストが添え物じゃなく作品の一部となっている、幸福かつ稀有な実例。


シリーズ知らなくてもあの冒頭一行は読む価値あると思うのだけど、それは4巻ラストの
ネタバレに直結しているわけで、やっぱり先に読むのはまずいだろうと思い直したり。
何にせよ、富士ミスが他レーベルに堂々誇れる看板作品かと。これが電撃ならアニメ化確定だろと思いつつ、
レーベルが違ったらイラストの人も違ってただろうし、担当者が違ってたらこういう内容にならなかったかもしれないし、
そもそも他の作品に埋もれて5巻まで続かなかったかもしれないし、何が違ってもこの本は成立しなかった可能性があるわけで。


そう考えるとこの作品がここにこうして存在しているのは途方も無く多くの偶然に支えられた奇跡であるなあと、
そういう事に思考が及んでしまうくらいに面白かったのです。野梨原花南グッジョブ。