仮面ライダー剣における剣崎一真の物語



※以下の文章には重大かつ致命的なネタバレが頻出します。
 視聴済みの方、あるいは一生観ないと確信できる方のみ反転をどうぞ。


彼は主人公であり、正義の味方である。
幼い頃、両親を火事で失った経験から、人を守る事に強い執着心を持つ。
ライダーシステムの適性を見込まれてBoardに入社した後は、
人々の平和を守るために仮面ライダーとしてアンデッドたちと戦っていた。


アンデッドとは地球上に生きるそれぞれの生物の代表であり、1万年に1度、地上で繁栄する種を決定するための戦いを行う。
剣世界で人類が繁栄しているのは、1万年前の戦いで人という種の代表であるヒューマンアンデッドが勝利したからである。
そして1万年後の現代、再び戦いは始まった。他のアンデッドが勝ち残れば、人類以外の種が地球を支配する事になる。
それを阻止すべく、全てのアンデッドを封印して戦いを止めることが、仮面ライダー剣という物語の最終目標である。


そのままなら、何も問題は無かった。
剣崎は主人公として、正義の味方として、アンデッドと戦い続けていれば良かった。
そして全てのアンデッドを封印すれば、彼の物語はハッピーエンドで終わったはずだ。
しかし物語中盤以降、剣崎は己の使命と相川始との友情との板挟みに苦悩することになる。


相川始はジョーカーであり、どの生物の代表でもないアンデッドである。ゆえにジョーカーが勝ち残れば全ての生物は滅びる。
本来ならば真っ先に封印すべき存在だ。しかし剣崎にはそれが出来なかった。
始は人間として生きようとしていたから、人間としての始を慕う人たちがいたから、
そして何より剣崎自身が、相川始を大切な友人だと思っていたからだ。


戦いを通じて、始との絆はますます強くなっていく。
しかし始を封印しない事は『人々の平和を守る』という剣崎の信念に真っ向から反する。
「始は人間です!」と主張する剣崎にも、その矛盾はわかっていたはずだ。
剣崎は信じた。人間である始なら、最後に残っても大丈夫なのではないかと。
奇跡は起こらない。ジョーカーが最後に残り、世界は崩壊を始める。


溢れ出すジョーカーの眷族に人々が殺されていく中、剣崎は最後の決断を迫られる。
始を封印するか、友情を貫くか。
剣崎の決断は、そのどちらでもなかった。戦いのルールを壊し、世界と始の両方を救った。
代償として、人間である剣崎一真は死んだ。誰もが救われた世界で、彼1人が全ての代償を背負う事になった。
彼は自分以外の全てを救うために、自らにとってのハッピーエンドをかなぐり捨てたのだ。


剣崎がジョーカーの封印をためらったために、推定で数千、数万の人々が死んでいる。その責任を非難する声もあるだろう。
だが忘れてはならないのは、剣崎一真がただの人間である事だ。元より彼には世界を救う義理も義務もない。
彼はただ、人一倍正義感が強く、そしてライダーシステムを扱うための資質があっただけだ。それでも彼は人々のため、精一杯戦った。
そんな彼が最後に友人を手にかけたくないと迷ったからといって、いったい誰に責められようか。


仮面ライダー剣』という物語の主人公は紛れも無く剣崎一真だ。世界を救った功労者だ。
そして本来なら世界の平和と両天秤にはかけられなった、ジョーカーこと相川始と彼を慕う家族すらも救ってみせた。
世界を救うという目標の前であっても目の前の悲しみを見ないふりができなかった剣崎一真という人間を、自分はとても素晴らしいと思う。